日々のこと

10月?日/カナリーヤシ

ある別荘の庭にドデンとそびえるカナリーヤシ。
「移植してください。」「伐根して、処分してください。」
という依頼があったら、トボケるか、逃げるか、命をかけてやるか・・。
何tぐらいあるだろうか。親方は「10t」と言うが。
どこからか飛んできた種が着床し発芽し、ツタと一緒に生きている。
とりあえず、今のところ、毎年の手入れはかかさない。
なんとも南っぽい木。
別名フェニックス。かっこいい。

以前、私がまだ修行に入る前、
伊東の海岸通りに32本のカナリーヤシを植える工事をした。
ジイジ(親方の親方)が飛行機に乗って鹿児島まで買い付けに行った。
私が覚えているのは、大阪までフェリーで運ばれて来たこと。
変った形のトカゲが一緒にくっついて来たこと。
枯れないか、みんなで心配したこと。
少し大きなお金が動いた(残った、ではなく)こと。
みんなとてもイキイキと仕事に出かけていたこと。
完成してから、子供らを車に乗せて、
「トーチが植えたヤシだよ。」と、見せたこと。
あれから十○年、最近は手入れもせず、
枯れた下葉が茶色く垂れ下がり、見苦しいが貫禄充分になった。
すっかりこの地に馴染んでいる。

さて庭のヤシは茶色く垂れ下がったヒゲも、
毎年咲く不思議なホウキのような花も、毎回切ってやった方が美しい。
切るのは(つまり登るのは)、親方。
見上げてみれば、
「おおう、なぁにをしにきたぁ?」とでも言いたそうだけど、
ほうらね、気持ち良いでしょが。
あら、一段と男前。シブイッ。
でも、一周グルリと1〜2段の葉を切るのもタイヘンな作業だ。
ドサン、ドサンと落ちてきた葉っぱをトゲで痛い思いをしながら、
ダンプに運び鋸で分解して
枯れた花の利用を毎年考えるも、アイデア浮かばず。
また、来年ね。と、別れを告げる。


ある日


根気だけで繋がった時が流れる。
考えるのを止めた私から抜け出した私が、時空をあそび、
私の始まりを探し続きの私を探し、点と点を結んで行く。
幾つもの点を選びながら、結んで行く。
どちらの角を曲がったか、ゆっくり思い出しながら。

たどり着いた最後の点の上、その先が探せなくて、
今の自分の中に戻る私。

ここでこうしている自分に戻る。

自分の中から抜け出し、また戻り、
ここにいる事を忘れ、気が付き確かめ、
繰り返して、一日終わる。
根気を使い果たして、終わる。

秋の夕日はいつもと同じ、
ゲンコツ山の左のコブに迷いもせずに落ちて行く。